穂村弘ワンマントークショー

前回、穂村弘の『世界音痴』の感想を書いたら、rararapocari が、トーク&サイン会があるらしいよ、と教えてくれた。300円。有料か。でも、2時間やってくれるならいいか。エッセイも面白かったし。というわけで、申し込んでみた。

会場の青山ブックセンターの本店に初めて足を踏み入れた。地上からエスカレータを二段降りたところにある店舗の前には、すでに数十人の列が。男性歌人のイベントなので、やっぱり女性が多い。開場して開演を待つ間、ホールの最前列の席で買ったばかりの新刊『もしもし、運命の人ですか』を読む。

『もしもし、運命の人ですか』は、雑誌「ダ・ヴィンチ」に連載されていた恋愛エッセイを中心にまとめられている。恋愛下の自意識をめぐって繰り広げられる、様々な考察。おかしさとかなしさを同時に味わうことができる。ついつい共感してしまうせいか、絶対に自分がやらないような著者の個人的な事柄でさえ、笑い飛ばすことが難しい。

一次会は終わった。
このままでは埒があかない。
そう思った私は、路上のうだうだタイムのなかで、女の子たちにさりげなく「←」を投げてみる。「←」とは異性に対する一種のシグナルであり、微妙に気を惹くような言葉や振る舞いのことだ。
でも、私の放った「←」に対して、くっきりとした「→」はひとつも返ってこない。明らかに温度差があったり、はぐらかされたり、まったくの無反応さえある。お、俺の「←」が闇の中に吸い込まれちゃったよ。
自分の好きな映画について熱心に語っている男が、女の子から好意的な「→」を、しかも複数貰っている。それほどレベルの高い意見でもないのに何故? (一次会の後で)

そうしているうちに、100人入った会場の正面中央に置かれた椅子に、穂村氏がやってきた。ジーンズに、ウサギが刺繍されたスカジャン。眼鏡の奥には、ちょっとまばたきが少ない目。星のマークが入った黒のスニーカー。オタクっぽいかそうでないか、と問われれば、申し訳ないが前者である。正直、この人がワンマントークショーなんて、大丈夫なのだろうか、と不安が先立った。

「あの、昨日、いろいろ考えてきたんですよ…」とぼそぼそっという言葉の後に語られたのは、人間には他者からの容認欲求というものがあり、それは1.存在そのもの 2.能力 3.恋愛であり、そこから様々な恋愛の価値観を問いかけなおす、というけっこう硬派な内容(例.「好都合な自己イメージとしての運命の人幻想」、「意外性ってよく言うけど、どういうこと?」)だった。さらに『もしもし…』の編集者の男女二人(ともに新婚で、そのせいか妙に落ち着きのある、でもエネルギーを感じる二人だった)を、それぞれの性別の代表として迎えての鼎談を行い、異性への疑問(例.タイミングって何?、好きでもない男性にどれだけ言い寄られたら心が動くか?)をぶつけ合っていた。会場は、緊張感の中にも笑いあり。ああ、ともすれば理屈っぽくなりがちな話でも、こういう笑いのとり方もあるのか、と勉強になる。

「それじゃ、そろそろ質疑応答に…」
来た! やっぱり来た!
「じゃ、この本に限らず、何か訊きたいことがある方は、挙手を。」
ふと周りを見回してみれば、だれも手を挙げていない。今だ!この凪いだ海に、一週間前から考えていた質問をぶつけて波を起こすのさ!ライドオン!私は静かにパドリングを始めるかのように手を挙げた。
「あ、じゃ、どうぞ。」

はい。あの、先日、雑誌『BRUTUS』の読書特集で、穂村さんの本棚の真ん中に、野本かりあさんの『カアリイ』が置かれていたっていう話を聞きました。それは、小西康陽さんがプロデュースした作品なんです。そして、穂村さんの本に『君になりたい』というのがあって、それも小西康陽さんが作った曲名にあるのですが、何か特別な関心がおありになるのでしょうか?

「妻が好きなんですよ。で、ぼくも聴くんですが、小西さんの作品は、CDやレコードのジャケットのデザインが素晴らしくて、そのツメの鋭さがいいですね。あと、世界で認められてるっていうのも関心ありますね。単にバンド名を横文字にすればいい、っていうことでもないですからね。そのどう認められたかっていうプロセスですね。あ、これ恋愛の話じゃないか(笑)」
(注:『君になりたい』というタイトルが、同名の曲と関連があるかどうかについてはコメントされていない)

おお、そうであった。強引に話を持っていってみた。

お二人の作品に共通しているのは、理想の女性像というものがあって、でもそれはとても遠いものだったり残酷なものだったり、ということを、距離感を持って淡々と描いていることだと思うんです。(言い切っちゃったよ)

「小西さんの場合はどうだかわからないけれど(笑)、ぼくの場合は、たとえば恋愛のカースト制度っていうものが高校時代にあって、うまく行っている奴は、そんなことをいちいち考えて、言語化する必要なんてないんですよね。でも、僕みたいなモテない奴は、いろいろと考えざるを得なかったんです。結局、世界のあらゆる事柄を言葉にしてサバイバルしていく、というのが僕の方法なんです。」

質問が多少強引だったせいもあって、かみ合う言葉を見つけにくかったのかもしれないが、答えてくれて、私としては満足だった。

その後、サイン会が行われたが、やけに進みが遅い。私の番になってみてわかったが、私の名前と日付に加えて、自分の短歌から抜書きした一節を書いてくれたのだった。ありがたく頂戴した。

面白かった。次は、『現実入門』を読むか。